猿島茶 さしま茶 粉末茶 茶の種子 緑茶 玄米茶 ほうじ茶 野口徳太郎商店

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先ずはお客様のた為に。

当店は猿島の地において代々製茶業を営んでまいりました。この伝統の味と技を大切に守りながら、さらに21世紀へと飛躍する所存でございます。今後とも宜しくお願い致します。

株式会社 野口徳太郎商店 経営理念

「仁徳経営を以て正道を行く」

「仁」とは、思いやりの気持ち。「徳」とは、良い行いをすること。思いやりの気持ちを持って良い行いをし、より徳を磨くことで人も企業も正しい道を切り開くことができる。

お茶と共に歩んできた道。

野口徳太郎商店の思いを歴史と共に歩んでいくページです。今活躍しているのは5代目の富太郎社長。日夜、西へ東へ飛び回っています。あなたの近くの街に来たらお気軽に声をお掛けください。
初代 熊太郎
初代 松太郎の時代
 初代熊太郎が製茶営業を始め、手揉み製茶を扱うようになる。主な納品先は東京日本橋浜町の岡安商店、千葉県銚子市浜町林園、古河市大半商店など各地へ移出した。取扱量は約3万貫(112,500kg)
二代目 熊太郎
二代目 熊太郎の時代
 手揉み製茶から機械製茶に変わり始めたが、しかしまだ手揉みが主流であった。静岡よりBA商会池田さんが陸軍省に納める為に番茶約10万貫(375,000kg)必要の為、買い求めに来た。
三代目 徳太郎
三代目 徳太郎の時代
 第二次世界大戦後、静岡市神明町83番地日本茶業株式会社を基点として貿易が盛んになり、原料を昭和24年頃から昭和30年頃まで年間100万kg位取り扱った。昭和30年以降は輸出もなくなり、国内販売が主力となる。
四代目 盛太郎
四代目 盛太郎の時代
 昭和30年以降は国内販売に力を入れて関東はもちろんの事、春番茶に関しては、静岡産地他、関西、山陰、九州にも出荷して、ピーク時には20万kgを取り扱っていた。昭和50年より茨城県内で初めて仏事の返礼品として取り扱うようになり、その後20年間に渡って継続した。
 そして、21世紀に入り環境問題で生ゴミのでない商品化が問われてきたり、健康ブームなどで、お茶自体をまるごと摂取するという「飲むことから食べること」への関心が高まった。2001年10月に茶の種子緑茶が販売開始。その後、2002年9月に茶の種子玄米茶発売、2004年10月に茶の種子ほうじ茶が発売され、累計集荷数10万本達成。
五代目 富太郎
五代目 富太郎の時代
 現在挑戦中の旦那。バイタリティ溢れる発想で、伝統を重んじる茶業界に一石を投じる!!

1969年1月12日生まれ。
母親が妊娠中に交通事故に遭いどうにかこの世に生まれた野口家の五代目。小さい頃から何も考えず生きてきたため、大学での授業は社会勉強という名の遊びのみ。卒業後は静岡で製茶加工の修行、東京高円寺では販売のノウハウを学び、茶業界にデビュー。ここ十年はたね茶の研究開発に没頭し、ようやく脚光を浴び始める。
●全国茶商工業協同組合連合会認定 茶専門経営士 茶匠
●台湾烏龍茶インストラクター
■経営目的は「お茶を通じて全人類の健康のお手伝いをさせて頂くこと」

会社概要

会社名
株式会社 野口徳太郎商店
代表取締役
野口 富太郎
所在地
〒306-0433 茨城県猿島郡境町1144
TEL
0280-87-0128
FAX
0280-86-7700
資本金
300万円
創業
明治7年05月
主たる業務
茶・粉末茶の製造販売・卸
従業員
10人
役員構成
取締役会長 野口 盛太郎
代表取締役社長 野口 富太郎
取締役 野口 登士子
野口徳太郎商店外観
野口徳太郎商店店内

〒306-0433
株式会社 野口徳太郎商店
茨城県猿島郡境町1144
TEL:0280-87-0128
FAX:0280-86-7700

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